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“なかとりもち” として

回天の島を訪ねて vol.1

3月16日。
回天の島。山口県は大津島を訪ねました。

同行者は、富山県護国神社の栂野権禰宜。
大学時代からの親友でもあり、同じ英霊をまつる護国神社の神職としても心が通う友です。

大津島へは、新幹線の徳山駅を降りて、すぐ目の前にある徳山港からフェリーに乗ります。
徳山駅は1時間に1本ほど「のぞみ」も止まります。
沿岸地帯に大きな工場が立ち並ぶ工業地帯という印象を受けました。

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若干の弱い雨が落ちる中、フェリー乗り場に向かうと、真っ先に復元された「回天」が目に入ります。

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船に乗って30分。大津島に到着すると、「ようこそ回天の島」という大きな看板が私たちを迎えてくれました。普段は多くの釣り人がいるようですが、今日は雨模様ということで人影もほとんど見えません。

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先ずは回天記念館を目指そうと歩き出しました。
その道中、慰霊の為の観音様や石碑などが置かれています。また、水仙の花が道端や公園、畑などに咲き誇っているのが印象に残りました。

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今は使われていないこの階段。回天記念館と小学校のグラウンドの間にあります。
昔は「地獄の階段」と呼ばれ、兵士の訓練にも使われていたようです。扉の蝶番は残っていました。

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回天記念館の正面にて。

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正面の門から記念館までの間には、散華された英霊の出身県と御名が刻まれた石が並べられていました。実は回天作戦で亡くなられた英霊の中には、福井県出身者の方はおられません。訓練に参加していた方はいらっしゃいます。

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記念館の前にも回天が飾られています。その横には「回天」と刻まれた記念碑が立てられています。記された字は、回天作戦を血書をもって請願された黒木少佐のものです。

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記念館の中は、史実に基づいたしっかりとした内容の展示となっていました。
ぜひ見るべき記念館です。英霊の遺品はもちろん、なぜ開戦となったか、なぜ回天作成が行われたか、回天作成に従事した英霊たちの思いなど、心打たれる展示内容でした。

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記念館を後にして、回天発射基地に向かいました。
道中はコンクリートのトンネルで繋がっています。
正直、怖いです。。。一人では行けたかどうか。。。
工場で整備された回天を運ぶためにトロッコが用いられていたようで、その後が残っていました。

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トンネルの中央部には昔を偲ぶ写真が飾られています。
ある場所を通過したら、突然、音声でのアナウンスが入ります。
本当にビックリしました。。。一人じゃなくて良かった。。。

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少し離れたところから発射基地を臨みました。
奥に見えているのは野島です。


発射基地の先端に立ち、二人で慰霊鎮魂の念を込めて、大祓詞を奏上いたしました。
奏上の間、痛いくらいの冷たい風が頬を打ちました。
回天に乗り込み真っ暗の闇の中で、ただひたすらに国を憂いて敵艦に向かった英霊の、研ぎ澄まされた激昂に触れたような気がします。

「国家存亡の秋、じっとしていられないのです」
「晴れの日は、何日後、何年後かに来るかしれない。しかし必ず来る」
記念館に記された英霊の言の葉。

この作戦を志願した英霊の思いを、私たちは決して忘れてはならないと思います。
Commented at 2012-03-19 00:01 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 水屋神社宮司 at 2012-03-19 09:45 x
御苦労さまでした。感動いたしました。
Commented by fukuigokoku at 2012-03-19 15:19
影コメさん こんにちわ!
コメント有難うございます(^^) 今後とも宜しくお願いいたします!
Commented by fukuigokoku at 2012-03-19 15:19
水屋神社宮司さま ありがとうございます。
今後とも宜しくお願いいたします(^^)
by fukuigokoku | 2012-03-18 14:33 | 紹介したいこと | Comments(4)