2006年 03月 18日
今、家庭教育に求められているもの
松木先生は教育心理学を専門にされており、教員を育てるお立場にある先生です。
先生は、「全ての人間は自分自身の過去を積み重ねた『ものがたり』によって成り立っている。だからその『ものがたり』を聴いてあげることが、人を育てるために最も重要なことである。」と言われました。そして、その『語り』を出来るようになるのが、小学校に入学した頃からだそうです。
「良い聞き手となること」これが重要なんですね。なかなか難しいですが(^_^;)
また、先生は大人の成長過程にも触れ、「30代半ばで仕事が出来ない人は、一生仕事が出来ない人である。そこで仕事をしておかないと、40代に突入し、組織をまとめる事が求められた時に対応が出来なくなる。」と仰りました。
年代によって役割があるんですよね。
これには本当に同感です。下積みしている頃は、何でこんなことを俺がしないとあかんのじゃ!と思いがちですが、その下積みをしていないままに物事を積み上げると、必ずその土台は崩れ落ちちゃいますもんね。 気をつけよう・・・・
様々なことに『気づいた』大変貴重な時間でした。
2006年 03月 16日
人権とは
日本弁護士連合会が、1月11日現在で死刑が確定している79人の死刑囚に対してアンケート調査を実施し、その結果が公開されたという報でした。
それを聞き、すぐにネットで検索してみると、社会ニュースのトップに記載がありました。
結果を抜粋します。(回答者は79人中58人) 参照 YAHOO!NEWS
・26%の人が面会者がいない
・面会の相手は弁護士と親族にほぼ限られる
・収容されている部屋は4畳前後の独居房
・69%が窓に曇りガラス等の目隠しがある
・43%は日差しが入らない
・運動や入浴も全て1人
死刑囚に自由に意見を書いてもらった結果は次の通り。
・部屋から空が見えるようにして欲しい
・親族以外との面会を認めて欲しい
・他の収容者と話がしたい
これを受け、日本弁護士連合会は法務省に処遇の改善を求めているということです。
この事に違和感を覚えました。
死刑囚の方にも人権があるのは理解します。しかし、この方々は我々の世界の中で、絶対にしてはならない事を犯した方々です。
真っ当な生活をしていた、何の関係も何の罪もない人々が、その方々の欲望のままに殺められた。その方々の生命はもちろん、ご遺族の深い悲しみというものは私達の理解を遥かに超えたものがあるでしょう。
どちらの命が大切か、またどちらの立場を尊重すべきかとは言いません。
しかし、FMからは、余りにも死刑囚が可哀想で、その処遇を改善してあげなければならない!というように聞こえました。
本当にそうなのか? もっと改善しなければならない事は他にあるのではないか?
こう話す方々は、ご自身の身内が殺められても同じことを言えるのだろうか?
疑問です。
また、昨日保護司の研修会に参加させて頂いた際に、「刑務所の収容者が大幅に増えているため、刑務所に収容せず止む無く執行猶予扱いとなる者が増えている。その執行猶予者が再犯を犯している現状が見られる。」と聞きました。
ご存知だとは思いますが、この刑務所に収容されている方々にも、私達の税金が使われています。この方々にも人権がある。それも理解しますが、何かスッキリしない部分があるのは私だけでしょうか?
2006年 03月 15日
おめでとう
福井を出る頃から雪がちらつく大変寒い日でした。
広島からの友人を小松に迎え、いざ富山へ。
途中、高瀬神社さんにお参りさせて頂きました。高瀬神社にも同級生が奉職しています。その友人の計らいで、大変お忙しい中にもかかわらず宮司さん、権宮司さんと歓談するお時間を頂きました。
有難うございました(^.^)
結婚式は、富山県護国神社で斎行されました。
雪が舞う中、新郎新婦を先頭にご家族・ご親族が参進する様は、何ともいえず厳かでした。
参進だけでなく、式自体も程よい緊張感に包まれ、清清しさ溢れる素敵な式だったことは言うまでもありません。
久々に結婚式を客観的に見て、「日本人の結婚式は、やはりこれだな!」と思いました。
披露宴では久々に再会する大學時代の友人達と楽しい時間を過ごせましたし、新郎新婦を中心に、一日中笑顔が溢れた日となりました。
2人の前途が晴れやかなものとなることを心より祈っています。
おめでとーーー!
2006年 03月 12日
時代錯誤
氏はその中で「女性天皇」と「女系天皇」の違いを無視しての批判も書いているようです。
歴史や伝統を壊すことはとても簡単です。しかし、それを護り繋いでいくことは、とてもとても大変なことです。
この情報を関係者に配信したところ、ある方から「伝統を護るのに『時代錯誤』と形容して非難すれば、能も狂言も茶道も社寺の祭祀法要も論外だということです。『時代錯誤』という言葉の乱用を訝ります。どうしてこうもこの国には弓削道鏡や高氏が多いのか。」と嘆きの言葉も聞こえました。
本当にそう思います。
「歴史観・国家観は全く考えていない。」私達の国の根幹にかかわる問題を話しているはずの会議の座長がこんな言葉を言う。なぜこのようなメンバーが集められたのでしょう。
そして何故、皇室のお1人である殿下のご発言が、「どうってことはない」と簡単に否定され、ひいては「時代錯誤」などと非礼千万の扱いがなされるのか。
私には理解できません。
2006年 03月 11日
護国さまの鎮守の杜基金
当社では平成18年度より、「護国さまの鎮守の杜基金」を立ち上げることに致しました。
言うまでも無く鎮守の杜は、神社とともにある未来永劫に亘って、「みどり」が保存される憩いの場であると同時に、神々に対して畏怖の念も抱く場所でもあります。
この鎮守の杜を整備し後世に残すことは、我々に課せられた義務でもあるように思います。
私も小さいとき毎日境内で「ポコペン」(福井でいうかくれんぼ・・・解ります?(^_^;))や「だるまさんが転んだ」「かんけり」などをして遊びました。
神社の前には小さい川が流れていて、ざっぴん釣りや小魚を追いかけていました。
楽しかったなぁ
現在では近所の公園にも不審者が出没する話も聞きます。
子供たちの遊び場がどんどん無くなっていき、「おてんとさま」の下で元気に遊ぶ子供たちを目にすることが少なくなっているように思えます。
幸いにして当社の境内は社務所から見渡せ、車の進入もないので安全が確保された場所となっているので、小さいお子さんを連れたお父さんやお母さん、そして近所の子供たちが遊ぶ姿を目にします。
これからは、もっともっと「みどり」に包まれた鎮守の杜を整備し、街中のオアシス的な心安らぐ祈りの場としていきたいなぁ。
この基金の設立にはそういう思いを込めました。




